ジェンツー、アメリカ生活は踊る

知的障害のある娘とのアメリカ生活

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人を呪わば穴二つ。私が呪うのをやめた理由

 

いつのころからだったか

意識して人を呪うようになった

 

昔からやっていた気もするし

育児ストレスで頻度が上がった気もする

 

 

私が呪う人

 

たとえば

 

道いっぱいに広がって歩いていて

すれ違う時に一切よけようとしない人

 

タバコを吸いながら歩いたり自転車に乗る人

 

道に痰を履く人

 

人が横断歩道を渡っているのに

無理に左折してくる車

 

などなど

 

日常で出くわすちょっと不快になる時

私は呪いをかけていました

 

「自販機の下に小銭落とせばいいのに!」

「使おうと思ってたクーポンの切れちゃえ!」

「人に注目されている場面で何にもないところで躓け!」

 

めちゃくちゃ些細な呪いです

 

怪我や大きな損失がなく

当日中にはすっかり忘れ程度の

イヤな思いをすればいい!

と呪うのです

 

幸いなことに

もっと重大な呪いをかけたくなるような事態は

あまり起こらなかったのと、

万が一に叶ってしまたらきっと気分がよくないと思うので

せいぜい足首ひねって

2~3日ふとした拍子に痛みが走るとか

2~3日夜中にトイレで目が覚めるとか

その辺りが限度です

 

 

逆に

信号のない歩道で泊まってくれた車

子供に優しく接してくれた店員さん

お散歩している犬を眺めていたら笑顔で会釈してくれた飼い主さん

 

そんな些細な優しさやほっこりした気持ちに触れたときは

「自販機で辺りが出ますように!」

「コンビニでPayPay全額バックあたりますように!」

「美味しいものと出会えますように!」

など

些細な幸せを祈ります

 

 

これをやることで

誰にも迷惑をかけることなくストレス発散と

感謝の心で人の幸せを願うことができるので

なかなか良いメンタル管理だと思っていました

 

 

でも、いまは呪うのをやめました

 

 

人を呪わば穴二つ

 

 

人を呪うということは

自身にも返ってくるのです

 

 

別に毎晩悪夢にうなされてるとか

原因不明の湿疹やアザが現れた

なんてことはありません

 

 

でも

不運が重なったとき

「あれ?もしかして私、誰かに呪われるようなことしたのかな?」

と不安になってしまったのです

 

呪いと言っても藁人形を使ったわけでも

神社にお願いしたわけでも

言葉にも出していないただの心持ちであって

そこに何かの効力があるとは考えていないのですが

それでもあまりに不運が重なったとき

「もしかしたら…」と

誰が自分を呪っているのだろうと考えてしまうのです

 

別に、誰かが私の不運を願ったから

その不運にあったわけでないことは分かっていますが

モヤモヤとしていい気分ではないですよね

 

だから

私は呪うのをやめました

 

 

いまでも感謝の願いはするようにしていますが

何か不快にさせられたときは

「何かすごく嫌なことがあったのかな?」

「想像力を働かせるのが苦手な特性があるのかな」

「あぁ、この人は前世がミミズか何かで、人間になるのは初めてなのかな」

なんて

イラっとしないように受け流すようになりました

 

色んな人がいるし

みんなそれぞれ色んな事情を抱えて生きてるんですものね

 

私自身も至らないことが山ほどあるので

そのたびに呪われていたらたまりません

 

同じように受け流してくれたら助かります

 

 

人を呪わば穴二つ

 

ネガティブなことを願えば

そんなことを考える自分にがっかりすることになります

 

これからも感謝の気持ちを忘れずに

他人も自分も許せるように過ごしたいです